大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

長崎地方裁判所 昭和31年(タ)15号 判決

原告 峯佐喜子 外一名

被告 検事正 佐々木要三郎

主文

一、訴外亡廖根(本貫、中華民国広東省香山県三[火土]漁寿村)が、昭和二十二年十月十六日受附の、長崎市長に対する届出を以て為した原告等に対する各認知が、孰れも、無効であることを確認する。

二、訴訟費用は、国庫の負担とする。

事実

原告等は、主文第一項同旨の判決を求め、その請求の原因として、「訴外廖根(本貫、中華民国広東省香山県三[火土]漁寿村)は、昭和二十二年十月十六日受附の、長崎市長に対する届出を以て、原告等を、夫々、その子であるとして、認知した。

併しながら、原告等は、孰れも、右訴外人の子ではない。従つて、右各認知は、孰れも、事実に反する認知であるから、無効の認知である。然るに、原告等の戸籍(但し、除籍)には、孰れも、それが、有効である様に記載されて居るので、戸籍訂正の必要上、右認知の無効であることの確認を求めるのであるが、右訴外人は、既に死亡して居るので、検察官を被告として、本訴請求に及んだ次第である。」旨陳述し、立証として、原告等は、戸籍謄本(筆頭者亡峯郁也)を提出し、原告峯節子は甲第一、二号証を提出し、証人米田耕治の証言を援用した。

被告は、「原告等の請求は、孰れも、之を棄却する。訴訟費用は、原告等の負担とする。」旨の判決を求め、答弁として、原告等主張の請求原因事実は、全て不知と述べ、原告等提出の書証については認否をしなかつた。

理由

訴外亡廖根が、長崎市長に対し、原告等を、夫々、自己の子として認知する旨の届出を為し、それが、原告等主張の日に、同市長によつて、受理されたことは、原告等提出の戸籍謄本の記載によつて、之を認めることが出来る。

而して、右戸籍謄本の記載と公文書である甲第一号証(別件に於ける原告峯イエの本人尋問調書)とによると、右届出が受理された当時、右訴外人が、中国の国籍(その本貫は原告等主張の通り)を有したこと、並に、原告等が、夫々、日本国の国籍(その本籍は各肩書本籍)を有したことが認められるので、右届出の受理によつて認知行為が適法に成立したか否かは、法例の規定によつて、決定されることになるものであるところ、右届出及びその受理が、それが為された当時に於ける行為地法たる日本国法(改正前の民法及び戸籍法)に従つて為されたものであることが、前記認定の事実によつて知られるので、右届出及びその受理は、法例第八条第二項によつて、適法且有効であると云はなければならない。従つて、前記届出の受理によつて、原告等に対する前記訴外人の各認知に、孰れも、適法になされたものであると云ふことが出来る。

而して、右届出の受理された当時に於ける当事者の国籍は、前記の通りであるから、右各認知が、有効であるか否かは、法例第十八条第一項の規定によつて指定された国の法律によつて決定されることとなるところ、右規定によると、それによつて、指定される法律は認知の為された当時に於ける子の属する国の法律とされて居るからその法律は、原告等の当時属して居た国の法律、即ち、日本国の法律(改正前の民法)と云ふことになる。而して、日本国の法律によると、事実上(血統上)の父子関係がないに拘らず、それがあるものとして為された認知は、事実に反する認知として、無効のものとされて居る。

仍て、訴外廖根と原告等との間に、事実上(血統上)の父子関係があるか否かについて、按ずるに、前顕戸籍謄本及び公文書である甲第一号証(別件原告峯イエの本人尋問調書)、同第二号証(別件証人米田千代喜の尋問調書)と証人米田耕治の証言とを綜合すると、原告等は、訴外峯イエを母として、原告佐喜子は、大正七年十一月八日に、同節子は、大正十一年二月三日に、夫々出生したものであるところ、母である右訴外人は、昭和六年頃、長崎市内の中華料理店に女中として住込むまでは、前記訴外亡廖根とは一面識もなく、同人との間に、性的交渉の生じたのは、右料理店に女中として住込んでから後のことであつて、それまでは、同人との間に、性的交渉は勿論、その他何等の関係もなかつた事実が、認められるから、(この認定を覆えすに足りる証拠は、全然ない)、右訴外人と原告等との間には、事実上(血統上)の父子関係の存在しないことが明白である。故に、原告等は、孰れも、右訴外人の子ではないと断ぜざるを得ない。

右の次第であるから、右訴外人が、原告等を、自己の子であるとして為した前記各認知は、孰れも、事実に反する認知であると云はざるを得ないものである。而して、日本国の法律によれば、斯る認知の無効であることは、前示の通りであるから、右訴外人の為した、右各認知は、孰れも、無効であると云はざるを得ない。

然るところ、原告等の戸籍(但し、除籍)に、夫々、右各認知が、有効であるが如くに記載されて居ることは、前顕戸籍謄本の記載に照し、明白であるから、その戸籍の記載を訂正する必要のあることは、多言を要しないところであつて、従つて、その各無効確認を求める利益あること勿論であり、又、日本国に於て訴を提起する以上日本国の訴訟法に従ふべきことは勿論であるところ、右訴外人が、既に、死亡して居ることは、前顕甲第一、二号証によつて、之を知ることが出来るから、検察官を被告として提起した本件の訴は、適法である。故に、原告等の本訴各請求は、孰れも、正当である。

仍て、原告等の請求は、孰れも、之を認容し、訴訟費用の負担について、人事訴訟手続法第三十二条、第十七条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 田中正一 岡野重信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例